山行記録

2016,9,1~4

尾瀬

~燧ヶ岳・尾瀬沼・尾瀬ヶ原・至仏山~

メンバー

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リーダー 小宅ちゃん

自称常識人、飲み会で隣に座るとひたすらお酌をしてくるともっぱらの噂

ささ(表)

ささ

特技はスパゲッティを膨らませること

(参考:2015 長期山行 TEAM HARUKA)

2014-08-13 17.42.13

まさきよ

第二の自称常識人

「人の手の加わってないものはうまい」と数年前は語っていたが最近はそうでもないようだ

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吉野

威厳のない最年長、常に実年齢より2,3才上に見られる

コンビニで年確された経験は一回もない

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タカフミ

自親会浪人界の首領(自称)、今回はフィリピンで謎の熱病をもらい欠席

運の悪さに定評がある

一日目

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JR会津若松駅

昨日まで実家(千葉)にいた自分はここで仙台からきたみんなと合流

小宅ちゃん、ささ、まさきよ、タカフミが乗っているはず車を見つけ、ドアを開けると・・・

そこにタカフミの姿は無かった

体調不良のため来れないとのこと、そうですか

というわけで今回の参加者は4人、まずは腹ごしらえのため会津名物のソースかつ丼を食べに行く

http://www.jumonjiya-bandaikatsu.com/

” 磐梯かつ丼の圧倒的存在感には驚くというか、笑うしかないほどのボリュームで、

いつもこの磐梯カツ丼を求めて行列が絶えません。

名物の磐梯かつ丼のトンカツは、どっしり450g!磐梯山のように壮大な肉の山といえるでしょう。“(広告より引用)

恐ろしいボリュームだった、磐梯カツ丼を注文した男二人はあえなく陥落。タッパーに入れて持ち帰ることになる

ミニカツ丼を注文した女性陣も苦しみ悶えながら、なんとか完食するに至る

東北最高峰である燧ヶ岳(2356m なお磐梯山は1819m)に登るというのに、なんと幸先の悪い

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今日の宿泊地である七入キャンプ場に到着、沢沿いにあるため水の音が心地よい

 

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時間に余裕があるのでゆったりと食事を作り始める

 今回の食事は当番制である、今日の夕食は小宅ちゃん担当

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淡い色のチンジャオロース、卵をいれたらこうなった。

養鶏場のオーナーを思わせる発想である、農学部は全員こんな感じなのでしょうか

味はまろみがあっておいしかった

下山後自分で作ってみたら卵の味噌和えになった

ひょっとすると尾瀬で食べたあれもチンジャオロースではなかったのかもしれない

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6テンに4人(タカフミ不在のため)で寝る、とっても快適。

二日目

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ほどよい朝焼け、今日は東北最高峰・燧ヶ岳を踏む。

ここからしばらくは樹林帯が続く

かなり整備された登山道だった、流石は尾瀬。

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1時間くらい歩いて開けた湿地帯に出た、まだまだ太陽が低い

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笑顔が素敵

だいぶ日ものぼり、景色が楽しめるようになってきた

写真は北方向を写している、会津駒ケ岳のある方向である

なだらかな稜線が美しかった

ここからしばらく歩き通す

思った以上に高低差があり、結構疲れてしまった

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燧ヶ岳山頂到着。

東北最高峰ということだが、周囲を見渡せばなだらかな山が幾重にも連なり、自分が高いところにいるという意識は薄い

標高のインパクトはあまりなかったが・・・

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燧ヶ岳山頂から見下ろす尾瀬沼、これはよく覚えている

どこまでも山が続いていくそのなかにポツンと佇む水たまり、孤独なようでいて、堂々としていて

すごく神秘的な感動を与えられたのと同時に、言いし得ない迫力を感じた

晴れている日に来れたというのはとても大きい

尾瀬沼は燧ヶ岳の南側に位置するので、北側から登り始める会津側からでは山頂にたどり着くまではその姿を拝めない

それゆえ感動も大きい、体力と天気を味方につける自信があるのなら会津側からの入山をお勧めする

あんまりにも綺麗だったので今のパソコンの壁紙はこの尾瀬沼。

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コルコバードの丘ごっこ

リオ五輪に合わせているのかは分からない

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昨日の昼食で残した磐梯ソースかつ

燧ヶ岳まで連れてきてやった、おいしかった

ここから一気に下山、今度は尾瀬沼の方向に向かって降りる

登山道の様子も写真に撮っとけばよかったかなぁと後悔。

いつも自親会で行く山よりもいろんな種類の木が生えていたような、生えていなかったような

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尾瀬沼と同じ高さ迄降りてきた、近くでみると普通の沼になってしまった

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沼を見ながらボーっとする

高原の涼しさを受けながら

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そして本日の宿泊地に到着、何もない道をひたすら歩いて突然小さな町が現れる感じ、ワクワクしますね

尾瀬ヶ原に面した宿泊地、これもなかなか贅沢なロケーション

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本日の夕食は石狩鍋、担当はささ

今回膨らんだのはおなかだけだったので良かった

具材の種類が多いほど幸せになれることを実感

三日目

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朝食は僕が作りました

タコチリです

はじめはエビチリを食べたかったんですが、エビを山に持ち込む手立てがなかったので代わりにタコを使うことに

タコはウインナーから錬成できるので。

海の幸はやっぱりおいしいなぁ

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尾瀬ヶ原を歩く

なにもかもがボヤけた中を進む、神秘的。

これも感動ポイントの一つ

写真だとよく分からないので実際に行ってみることをお勧めします

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霧が晴れ上がり、ふと後ろを見たときの一枚。

燧ヶ岳とはあんなにも綺麗だったのか

雲一つない贅沢、人生で一番きれいな景色を見ていた

その後、至仏山の麓のキャンプ場につく

この時午前8時前、早いこと早いこと

テントを張って、中にザックを押し込んで、身軽な状態でいざ至仏山へ

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女の子二人をおいて山頂に駆け上がる

登り始めは樹林帯、しばらくすると大きな石の点在する道になり、最後は階段の連続

この階段が長くて長くて本当に大変だった

2年前に尾瀬に来たという友人の大地君が、天国への階段を上っているようだった、と言っていた

彼にしてはいい表現をしたと思う、褒めてやってもいい。

実際、一歩一歩が重くならざるを得ないような辛い道だった

山容が滑らかなために、山頂がなかなか見えてこない。

あれが山頂かな?と思ってもまだ先がある、それが何回も何回も

そのたびに背後の尾瀬ヶ原を見て休憩

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うーん、絶景

かれこれ1時間半くらい続けて・・・

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ピーク獲った!

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南米にいったことは無いけどとりあえずこのポーズ

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本当にいい景色

写真の方向としては谷川岳・苗場山を望む向き

奥に見える山脈は新潟まで及ぶ

前に見える山脈は、雲を分ける分水嶺であり気候の境目でもある。

この日、雲はほとんど無かったが、この4日後に谷川岳に上った時は丁度頭上に雲の帯があった

この背後には日光白根が控えている。

北に視線を写せば越後三山

至仏山といえば花の咲き誇る様子を思い浮かべる人が多いと思うけれど、ただ景色を見るだけでも楽しい

燧ヶ岳からの景色は自然に対する畏怖と言おうか、力強い感情の揺さぶりを受けたが

至仏山では対照的に、包容力に満ちた、優しい印象を受け取った

どちらがいいかといわれても答えられるものでは無い、尾瀬に来るならば是非両方の山に挑戦してほしい

さて。

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本日の宿泊地に再び到着。

朝のうちにテントを立てておいたので夕食までは自由時間

とにかくゆったりとした時間を過ごす、この夏一番「夏休み」を感じた

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おつかれですね・・・

至仏の登りで置いてきぼりにしてしまったことは本当に申し訳なかったです

でも、またやっちゃう気がする

夕食の時間です。今日の担当はまさきよ

広辞苑にも載っていないような謎のフルーツを仕入れて山に持ってきたり

謎の技術によってザックの中に冷凍設備を作り出したりするのが趣味な彼

今日はいったい何をするのか

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これはまさか・・・

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まさかの天ぷらです、どっひゃー

パワータイプの食事係、やっぱりやばいですね

度肝を抜かれてボキャブラリーがスカスカになっていしまう

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旨っ!

色々と壮絶でした、とってもおいしい

 

食事をテーマに山行をする程の彼、夢は東北各地の山小屋に食を通じて伝説を残すことだとか。

会津駒の小屋では茶碗蒸しを作り、それが今でも語り継がれているとかなんとか

数年後どうなっているのか、楽しみですね・・・

最終日

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トッポギ辛っ

カルディで購入したとのこと、本格派なだけあって辛い辛い

今日で下山です。

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最終日も無事に晴れ、非常に気分よく歩けました。

写真は尾瀬沼、水芭蕉が行儀よく並んでますね

遥かな尾瀬を感じます

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迂回路の看板、高々2m程度の道荒れにも看板を設置するあたり、The 観光地。

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尾瀬沼の湖畔に点在する小屋の一つ

景色よし。設備よし。雰囲気よし。

今回はこれで終了。

下山後は温泉に入って、おそばを食べて仙台へ

僕だけ郡山駅で降りました、このあと谷川岳に上るために。

四日間、最高の天気のなか、時間も景色もなにもかも贅沢に使って過ごせた

始めて尾瀬沼を見つけた人はどんな感動を覚えたのか

早朝の尾瀬ヶ原をつつむ霧、それが晴れ上がり湖面に山麓が写りこむ瞬間、どれだけの人が感動してきたのか

尾瀬、秘境と呼ぶにはあまりにも開発が進んでしまった

それでも、静かさを求めるには十分に広い

何回来ても、また来ようと思えるところだった

また来年。

文責:吉野